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■ 女性の戦士はなぜ、ワルキューレなのか ■


 最近は下火になってきましたが、ゲーム、特に登場人物が演劇のごとく役割を果たす、ロールプレイングゲーム系(戦略的なものや、リアルタイムに操作を要求されるものを含む)において、剣や槍などを用いて戦う女性(ここでの女性の戦士)は、ナイトなどの職業名(あるいは、クラスやジョブと表記されることがある)で表記せずに、ワルキューレやヴァルキリーといった、北欧神話における“侍女”を表す単語を用いて表記することがあります。このページにおいては、そこに至る経緯などを検証したいと思います。

※ワルキューレ:
  ドイツ語を日本人に読みやすくしたものであると思われる。本則ではヴァルキューレ。他に例を挙げるならば、ご存じ自動車のメルセデス・ベンツ→メルツェデス・ベンツや、補聴器、MRI/CT等医療機器、路面電車のシーメンス→ジーメンスなどが挙げられる(いずれも日本法人がそう言っているから、本当のドイツ語読みは辞書を引かないと分からない)。いわば、カメラの「カンノン」が「キャノン」と名称変更したことと近いとかもしれない。本文では、「ワルキューレ」と表記する。

□ワルキューレを初めて登場させたゲーム

 北欧神話のワルキューレを初めてテレビゲームで登場させたのは、ナムコの「ワルキューレの冒険」ではないでしょうか。日本初のロールプレイングゲームという触れ込みではありますが、どちらかといえば、シューティングゲームの戦闘機をそのまま女の子にした感じに近く、あるいは、ひげおじさんを女の子にしたとも考えられます(ワルキューレシリーズの作品により差違がある)。

 いずれにせよ、それまでのテレビゲームにおける主人公は男であり、とらわれの姫に代表されるヒロインを助け出すために旅に出るという常識を覆し、ヒロイン自らが世界を救うゲームとした功績があります。そこで考えなければならないのが、主人公をワルキューレにした理由です。

 その前に、ヒロインに立ちはだかる「悪者」とは、どういうものかを説明しなければなりませんが、たいていの場合は暴力により世界を征服するという、今日でもハリウッド映画においてありそうなものです。その暴力に対抗するために、ヒロインには当然「力」が求められます。もちろんゼロから力強い女戦士を創作することも理論的には可能ですが、ゲームの中の世界は童話などに見られるファンタジー世界を基としているため、童話から借用する世界観と、ある程度つじつまの合うキャラクターを創造しておいたほうが無難でしょう。

 そこで、童話よりもさらに前の時代に存在した、北欧神話に白羽の矢が立ちました。もちろん、それはワルキューレ目当てであることは疑う余地はありません。言い換えるならば、ワルキューレ自体に白羽の矢がたったのであり、北欧神話はたまたまそのような「女戦士」がいたからに過ぎないと、暴論ながら考えられます。

□ワルキューレは女性の戦士か?

 さて、ここからが本題です。力のある女性が必要で、それがワルキューレとするならば、彼女(達)が戦士であることを証明しなくてはなりません。ここでは難しい定義は行いませんが、少なくとも職業としての戦士であるため、武器を持ち、防具を身にまとっていることは当然のこと、戦において勝ち抜けるぐらいの技量を持っていることの証明をもって、戦士と定義づけたいと思います。

 「ワルキューレの冒険(伝説)」におけるサンダルを履いたワルキューレや、「ヴァルキリープロファイル」におけるレナス(=ヴァルキュリア)は、剣を持っています。一方で、「伝説のオウガバトル」におけるヴァルキリーや、「聖剣伝説3」におけるリースは、槍を持っている姿で登場します。ただし、いずれにせよ羽根飾りまたは羽根飾りの付いたかぶとをつけているのが特徴的です。

 では、エッダ(北欧神話物語を集めたもの)ではどのように描かれているのでしょうか。

 「グリームニルの歌」の第三十六節では、「フリストにミスト、わしに角杯を運べ。スケッギョルドに(中略)レギンレイヴ、彼らは戦士らに麦酒を運ぶ。」とあり、ここではワルキューレの名前が羅列されてはいるものの、残念ながらお酒を運ぶおねえさん程度であり、オーディンもしくは戦士たち(北欧神話で言う、戦死者のエインヘルヤル)に侍る侍女としか解釈することができません。

 「ヴェルンドの歌」においても、地上に降り立ったワルキューレが戦士の男性と行きずりの恋をする話であり、やはり戦をしている描写はありません。一体、彼女たちはどこでどのようにして戦をしているのでしょうか?

 「フンディング殺しのヘルギの歌1」の第五十四節では、「そのとき、天から兜も白く輝く者たちが下ってきて−槍の響きはいやます(いよいよ多くなる/一段とつのる)−王たちを守った。」とあります。個人的解釈では、「天から兜も白く輝く者たち」とはワルキューレを指しており、その後に「槍の響きはいやます」ということから、彼女たちが槍をもって王(この歌ではヘルギのことを指す)を護っており、ここではワルキューレが戦っていることを示唆するものであると考えられ、さらにその役割を立派に果たしていることは、この続きで明らかになっています。

 すなわち、ワルキューレは立派な女性の戦士であり、王の守護者として戦いを勝利に導く役割を果たしていると考えられます。

 しかし、イエスさんのように天から降りてくるというは、よくよく考えてみると非現実的ですね。また、白色発光ダイオードもないその当時に、兜が白く輝いているというのもおかしな話ですね。ワルキューレは、オーロラのことを指しているという説もあります。これは戦がヘルギの思うままに進んでいて、そのときたまたまオーロラが出ていたから、そのように語られている可能性を示唆するものであります。

□女性ナイト説

 さて、ここで女性のナイトについても触れておきましょう。
 いくつかのゲームにおいては、システム上の制約か、もしくはジェンダーフリーをも意識しているためか、男性のナイトと並んで女性のナイトが登場します。装備品も特に制限があるなどはせず、重装備をした女性ナイトがゲームの世界を闊歩するという、少し怪しい世界観を醸し出しています。では、実際に女性のナイトはいたのか、ドイツ語という観点から少し探りを入れてみたいと思います。

 ここで英語でなくドイツ語を用いることとなったのは、英語では職業に従事する人間を男女で分けることはほとんど無いため、実証が難しいためであります。余談になりますが、英米社会ではジェンダーフリーにかなりこだわりがあるようで、日本では頻繁に使われるsteward/stewardessや、host/hostessといった性別を明示する言葉が、非常に避けられる傾向にあります。当然、職業に関する言葉も徹底的にジェンダーフリー化されているため、いわゆる"female knight"を実証にまで導き出すことができません。それに対し、ドイツ語(フランス語でも同様)では職業に関する言葉はほぼ例外なく、男女を明示できるようになっており、現在においても一般的にあまねく使われております。

 ドイツ語で職業を表すときは、男性の職業名を基本とし、女性の職業名は語尾をつけます。例えば、男性の技術者はTechnikerであり、女性形はさらに-inという語尾をつけて、Technikerinとします。フランス語からの外来語でエンジニアを意味するIngenieurも、同じようにIngenieurinとします。さて、話はナイトという称号もしくは職業に戻し、ドイツ語でナイトとはRitterと言い、男性名詞であることから、一般的には冠詞をつけてder Ritterと言われます。さて、ここで同じ法則を当てはめて、女性のナイトはRitterin、定冠詞付きでdie Ritterinとしましょう。そして、この単語をドイツ語の辞書で調べてみましょう…、さて、見つかりましたか? 見つからないはずです。元のRitterの項目を見ても、TechnikerやIngenieurのように女性形の項目がありません。

 ものはついでですので、フランス語も見てみましょう。フランス語でナイトはchevalierです。フランス語で女性形に場合は、たいていの場合は-e(もしくは発音の関係で-ne)の語尾をつけます。パリジェンヌという言葉をお聞きになる機会が多いと思いますが、これはパリっ子の女性版であり、スペルはparisienneです。もちろん、男性はparisienと言いまして、語尾の-neが取れています。それでは、chevalierに語尾の-eをつけてchevaliere(後ろから二番目のeは、発音都合上アクサングラーヴつきのeに変化し、若干長く発音する【シュヴァリ→シュヴァリエール】)を辞書で探してみましょう…、今度は見つかったはずです。しかし、それは女性のナイトという意味ではなく、指輪という意味です。

  もちろん、「では、ジャンヌ・ダルクとは何者なのか」という例に代表されるように、さらに話は続きます。しかし、これ以上は別の機会を設けてご説明したいところであり、いずれにせよ女性のナイトを示す言葉はありません。従って、騎士文学と言うよりも騎士文化華やかな時代において、女性のナイトはいないことが考えられます。もちろん、合成語大好きなドイツ人はこういう辞書を用意していまして、これでRitterinを調べると理論的には存在し、reiten(馬やほうきに乗る)する、人-er(この時点でRitter、ナイトとなる)、の女性-in、で成り立っており、実際の文法においてどのような用法(複数形語尾変化など)をするのかまで、事細やかに書かれております。

※reiten:
 ドイツ語で馬やほうきに乗るという意味。車や電車に乗るのはfahren、飛行機に乗るのはfliegen。
※ドイツ語の複数形
 英語やフランス語のように、単純に単語の語尾に-sとつけるだけでよい複数形は少数派。Ritter、Technikerは単数複数同形(変化なし、ただし3格目的語のときはRittem、Technikem)、Ingenieurの複数形はIngenieure(3格目的語のときはIngenieuren)、Ritterin、Technikerin、Ingenieurinなどの女性形の複数形はRitterinnen、Technikerinnen、Ingenieurinnenなど。さらに、冠母音変化などバリエーションに富んでおり、英語の外来語に使われる-sを含めると8パターンにも及ぶ。

□代替案

 以上のことから、女性の戦士はワルキューレを一つの職業とすることは、女性のナイトを誕生させるよりかは妥当であると考えられます。しかしながら、先述の通りワルキューレはオーディンの侍女であり、オーディンの指令によってどの王を守護するのかも決められるため、若干無理があります。ただ、ひとつのたとえとして「ワルキューレのような」という意味の称号として用いることには問題は少ないと思えます。ワルキューレのドイツ語die Warlkure(uはウムラウト)は、ブロンドの大女という意味にもなるため、ドイツでは必ずしもいい意味では捉えられませんが、英語のAmazonが一般的に用いられていることも考えれば、人の前で言わなければ問題はないと思います。

□今日のテレビゲームにおいて

 ワルキューレ、ないしはヴァルキリーの使用は依然と続いています。私が知っている限りでは、まずは、ワルキューレが職業として採用された聖剣伝説3から続く、新約聖剣伝説も称号の一つとして残っております。称号取得条件は、バランス良くキャラクターを育てることであり、槍の使用能力が上昇します。もう一つは、ヴァルキリーが職業として採用されたオウガバトルから続く、タクティクスオウガ外伝です。クラスチェンジ条件は、「ランサー」の称号を取ることであり、これはヴァルキリーが槍の使い手であるというイメージを持たせることでしょう。

  先述の「フンディング殺しのヘルギの歌1」では、「槍の響きはいやます」とあるように、槍の使い手である可能性があるため、いずれにおいてもイメージ的にはまずまず妥当であると考えられます。しかしながら、ワルキューレの武器は槍だけなのでしょうか。これについては、いずれまた調査したいと思います。

■参考文献

 ・ジーニアス英和辞典 小学館
 ・独和大辞典 小学館
 ・クラウン独和辞典 三省堂
 ・クラウン仏和辞典 三省堂
 ・広辞苑 第五版 学習研究社
 ・エッダ −古代北欧歌謡集 谷口幸男訳 新潮社




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